Category Archives: 多様性

多様性 自然 自由

「自由」は目的でなく手段

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かねてより、自由・自然・多様性を信条としております。

すなわち、

・自由度の最大化。
・自然な状態の追求。
・多様性の尊重。

っていうのが僕の行動原理。

その中の「自由」について最近ちょっと理解を深めたので整理のために文章化。

 

気づいたのは自由は目的でなく手段だということ。

いろいろと不自由だった頃はとにかく自由になりたいってのが目的だったけど、いざそれなりに自由な生活を送ってみるとけっこう自由を持て余すもの。

今日一日なにしよっかな、って。

で、その答えはすぐそばにあって、なすべきことは自然な状態の追求。

自然な状態の追求のために必要なリソースが自由だったというオチ。

あと自由度を更に高めるためは、いまある自由の投資が欠かせないので両方にうまく配分していこうかな。

自分で信条として掲げておきながら、その関連性についていまさら気づいたってのも間の抜けた話だけど、まぁ気づいてよかった。

 

そう考えると多様性だけちょっと浮いてる。

これを機に多様性は一旦外そうかなとも思ったけど、自分が好き勝手やってる以上他人に対しても寛容にならなきゃなので、やっぱり残留。

 

石垣島生活もあと二ヶ月。

のらりくらりと自由を消化していきます。

 

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ライフハック 多様性 組織論

事実はひとつ。解釈はそれぞれ。

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物事をとらえるときに、

事実はひとつ。解釈はそれぞれ。

というのをわりと強く意識しています。こうすることで、状況をシンプルにとらえることができます。

 

事実は「何が起きたか」なので明確に答えがあります。当事者同士で意見が食い違っているときは、どちらかあるいは両方が間違っています。ゆえに、事実に関する食い違いを突き詰めて解消していくことには意味があります。

一方で発生した事実に対する解釈はひとそれぞれです。関与した人の数だけ解釈があります。

他人の解釈に真摯に耳をかたむけて自分の見識を深めることは非常に大切ですが、自分と異なる解釈をしている人を説得して、自分の解釈に合わせようとするのは横暴です。解釈は人によって異なって当然なのです。(社会のルールを犯している解釈は論外です)

複数人の間で何か問題が発生した場合、まず最初にそれが事実の食い違いによるものなのか、解釈の食い違いによるものなのかを見極めると状況がだいぶすっきりして、次に何をすべきかが見えてくることが多いです。

 

情報の受け渡しの際にも、事実と解釈を区別して行うとスムーズです。

自分から情報を与えるときには、それが事実なのか解釈なのかを区別しながら話すようにし、情報を受けるはきにその人が事実について語っているのか、解釈について語っているのかを確認しながら聞くようにすると、土台のしっかりした発展性のある対話を行うことができます。

一方で事実と解釈が混ざってしまうと、話のベースがはっきりしないふわふわした会話になりがちです。

ときおり「解釈を事実のように語る人」もいるので注意が必要です。こういった人はたいてい無自覚のうちにそれをやってしまっているので、聞き手側から事実と解釈を分けて話すように導いてあげるときちんとした情報を受け取ることができます。

 

事実はひとつ。解釈はそれぞれ。

トラブルを未然に防ぎ、状況をシンプルに整理するための方法のひとつとしてどうぞ。

 

では。

 

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多様性 自然

「コップは常に満杯」という考え方に賛成。

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有名な心理テスト(?)で、水が半分入ったコップをどのように見るかというのがあります。

半分しか入ってないと見るのは悲観主義者、半分入ってると見るのが楽観視主義者というやつです。

ただ僕はこの考え方どちらも好きではありません。僕が好きなのは

コップは常に満杯だ。半分が水で、半分が空気で満たされている。

という考え方です。詳しくは知りませんが禅の教えがこんな感じらしいです。

いいよね!この考え方。

まずこの考え方は空気という一見すると見落としてしまいがちなものまで見ています。

そしてそれを含めて「あなたは最高だ!(満杯だ!)」と讃えている。水の過多ではなく、現時点での相手の状態を尊重しているのです。このありのままの相手を尊重する姿勢こそ、多様性の時代に必要な視点だと思います。

現実に照らし合わせると、ここで空気に例えられている見えづらいものとは多くの場合「人の心」だと思います。

実際に目に見える部分だけでなく、相手の心にも気を払い、そして今時点でのあるがままの相手を受け入れ、尊重し、接する。

そう振る舞えるよう心がけていきます。

 

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多様性 組織論 自然

【組織論 後編】目標を点で持つか面で持つか。

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人の話組織の話と進めてきた僕独自の人・組織論。最終回の今回は組織の目標の持ち方について考えてみます。

結論から言ってしまえば、(前回の最後で言及した)出来る限りレゴ型組織の要素を強くし、所属する人が自分の特徴を活かしてイキイキと働くためには、組織の目標は点では無く面で持つのが良いのではないかと思っています。

言い換えると組織の目標はある程度抽象的で自由度があった方が良いということです。

目標を点で持つというのは例えば「●●の業界で、売上◯◯円を達成し業界トップになります。利益も△△円出します!」といったように非常に具体的に目標を決めるやり方。

一方で目標を面で持つというのは上記の例から条件を一つだけに絞って例えば「利益を△△円出します。」という目標だけにするものです。

※数学的に空間上で条件が3つ(X軸、Y軸、Z軸)揃うと1点が特定され、条件が1つだけだと面になるのでこのように表現しました。
※条件を一つだけに絞ることはその組織が何を最も大切にするのかを浮き彫りにする効果もあると思います。

目標を点で持った場合は達成された時の状態がほぼ一意に特定されているのに対し、目標を面で持った場合は目標が達成された状態を複数パターンで描くことができます。

さて、察しの良い方はそろそろお気づきかもしれません。

目標を点で持つのと相性が良いのは前回説明したジグソーパズル型組織、目標を面で持つのと相性が良いのはレゴ型組織です。

僕は人が幸せに活動するには極力レゴ型組織の要素が強い方が良いと考えています。ただし前回言及した通りレゴ型組織には組織の全体像が変わりやすいという特性があります。もし目標を点で持っていると、目標に対して組織がそぐわない状態となってしまうことも考えられますが、目標を面で持っておけばその時の組織の状態に合わせて目標が達成された状態をイメージすることができます。

更に言えば目標を点で持っていると何かの外的な要因によってそもそもその目標が達成不可能となることも考えられます。例えば対象としていた業界が突然何らかの理由で大幅に縮小してしまったとか。そうなると組織としては行き詰ってしまいます。新しく点の目標を設定し直して、組織もまた作り直しです。

一方で目標を面で持っておけば、何か想定外の事象が発生したとしてもその事象を考慮した上での新たな達成イメージを持つことができます。

そういった外的な要因に対しての柔軟性という点でも目標を面で持つというのは有効です。

僕が「目標を面で持ってるなー。」と感じている例をひとつ挙げておきます。

サイバーエージェント(CA)という会社です。アメブロなんかで有名な会社ですね。この会社は本当に様々な特徴を持っている会社なのですが、僕が興味深く思っているのがこの会社が掲げている「21世紀を代表する会社を創る」という目標です。

ちょっと前までは正直「なんて曖昧な目標なんだろう。そんなんで組織は進んでいけるのかな?」と思っていました。ただし最近これは面で持っている目標なのだと気づきました。(あくまで僕が思っているだけです。社長の藤田さんがどう考えているかは分かりません。)

事実CAはそのメイン領域を広告代理店→メディア→テクノロジーと刻々と変化させています。その都度大量に採用もしているようなので、どちらかと言えば人というよりは外的要因(時流、社会情勢)に合わせて変化させているのだと思いますが、それができるのも最終目標としているのが「21世紀を代表する会社」という抽象的な自由度が高い目標となっているからです。

人も、時流も何がどう変化するか分からない。そういう前提で組織が掲げる最終的な目標は出来る限り自由度高く設定しておく。そして短期的な目標はその時点で所属する人を中心として、皆が自分を活かしてイキイキと働くことができるものにする。というのが今のところ僕が良しと考える人と組織の在り方です。

と言いつつ、今んとこ組織を作る気は全くありませんが。

では。

 

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多様性 組織論 自然

【組織論 中編】ジグソーパズル型組織とレゴ型組織。

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独自の人・組織論。前回の人の話を受け、第二回の今回は組織の話です。

僕は組織は大きく分けて二通りあると思っています。一つが組織主体の組織。もう一つが人が主体の組織です。

組織が主体の組織において最も重視されるのは組織の目標です。その目標の実現に向けて、組織を構成する人が配置されていきます。先に明確な絵を描きその実現に向けて人(ピース)が配置されていくので、これをジグソーパズル型組織と呼ぶことにします。

一方、人が主体の組織。こちらで重視・尊重されるのは個々の人です。組織を構成する人がありきで、その人達を組み合わせて何ができるかを組み立てていきます。先に人(ピース)がありきで、その組み立てによって全体の形が造られていくので、これをレゴ型組織と呼ぶことにします。

さて、ここで前回の人の話に一旦戻ります。

前回の結論は、

・人の本質は変わらない。
・本質に沿った形の自然な成長を促すべき。
・本質に逆らった矯正は最低限に抑えるべき。

というものでした。これを踏まえると、人にとって望ましい組織は上記二つのどちらになるでしょうか?

そう、レゴ型組織です。個々の人の形(特徴)を尊重しそれを活かしながら全体が造られていくレゴ型組織の方が、人はストレス無く自然に自分の形で活動し成長することができます。

一方のジグソーパズル型組織。こちらは先に絵を描いているため、手持ちのピースで全部のパートを埋めないといけないという宿命にあります。人から見れば、各人は必ずどこかのパートに当てはめられることになります。

当然各個人の特徴と合致度の高いパートへ当てはめていくことにはなりますが、大抵の場合手持ちのピースではぴったり埋まらないパートが出てきます。そうなると本来はそのパートの形では無い人を、無理やりそのパートへ当てはめないといけないケースが出てきます。これは前回触れた通り矯正という望ましくない行為になります。

前回の最後で言及した、当然の活動として矯正が行われる場合とはこのケースに当たります。ジグソーパズル型組織はその生い立ち上、人に対する矯正を行わないといけない宿命を背負っているのです。

じゃあ、ジグソーパズル型組織よりもレゴ型組織が優れているかというと必ずしもそうとは言えません。

レゴ型組織はその構成を個々の人に依存しているため、全体像が変化しやすいという不確定要素をはらんでいます。当初掲げた具体的な目標を確実に実現するという点で言えば、最初に全体像を描くジグソーパズル型組織の方が有利です。

ので一概にどちらが良いと言えるものではないし、実際の組織はこの両方の型を組み合わせながら形作られているケースが大半でしょう。

しかしながら、その組織に所属する人にとってはレゴ型要素が強い方がストレス無く幸せに働けるのは間違いありません。

そのためにはどうしたら良いか。それは組織としての目標の持ち方に鍵があります。

という訳で最終回の次回は、組織の目標の持ち方について考えてみます。

 

 

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