Category Archives: 教育

教育

就活人気企業ランキングにみる「内省」の時間の必要性

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Thinking

ちょっと古いですがこんなデータが出てました。

発表!2013版人気企業ランキング

今回はこれをフックに、今の教育現場に必要なものを考えてみます。

まずデータを見てみると、文系男子の人気企業上位10社は次の通り。

1. 三菱商事
2. 住友商事
3. 三菱東京UFJ銀行
4. 伊藤忠商事
5. 東京海上日動火災保険
6. 丸紅
7. みずほフィナンシャルグループ
8. 三井住友銀行
9. 三菱UFJ信託銀行
10. 三井物産

うーん、なんというか見事にブランドで選んでるって感じですよね。とりあえずここに入っとけば安心だろ的な。理系とか女子とか他のデータも大体似たような感じ。

ここから僕が感じることは、日本の学生の多くは自分の意思で進路を決めることができていないってことです。自分で決めることが出来ないから、いわゆる世間一般でのイメージ(=ブランド)を頼りに入りたい会社を選ぶことしかできない。

かく言う僕自身もかつてはまさにそう。思いっきりブランド重視で就職活動してました。ていうか当時はそれしかやり方が思いつかなかったです。

ではなぜ、学生はいざ就活にあたって自分の意思で決められないのか。それは決めるための情報が揃ってないからです。

以前に「決める」ために必要なこと。というエントリーで、決めるのには内と外、両方についての情報が必要ということを書きました。

内というのは、自分の内面に関する情報。自分がどういう人間で、何がしたいのか。

外というのは、自分以外の情報。そもそも世の中に何があって、それがどのような状態で存在しているのか。

この内と外の両方の情報が揃って初めて何かを決めることができます。

逆に言えば決められないということは、どちらかの情報が欠けてる可能性が高いです。(決断力が無いという理由も考えられますが。)

さて日本の大学生。彼らに欠けているとすればどちらの情報か、僕は圧倒的に内側の情報だと思います。つまり自分がどういう人間であるか全くわかってない。

もちろん就活にあたって自己分析する人も多いと思いますが、そんな付け焼き刃の分析で把握できるほど自分という人間は軽くないです。

それなりにソースが出回っている外の情報と違って、内側の情報は自分の中にしかありません。しかも重要な部分になるほど、心の深い部分にしまわれている。それゆえに自分自身の本質は、色々な経験を元に、長い時間をかけてじっくりと自分と向き合い続けて初めて見えるものなのです。

自分と向き合うことに時間を割かず、結果自分の内面に関する情報をほとんど持たないままに、いざ就職にあたって自分の行く先を決めようとしても、決められないのは当然です。

じゃあどうすれば良いか。

これはもう自分と向き合う時間を積極的に設けていくしかないので、僕は教育の過程の中に「内省」の時間を設けるのが良いと思っています。最近経験したこと、入手した情報を題材にとにかくひたすら自分と向き合う時間。この時間を通じて自分の内側に関する情報を構築していくことが、自分自身で意思決定できる人間の育成に欠かせないことだと思います。

現状だと「道徳」とか「進路指導」あたりが一部その役目を担ってるのかもしれませんが、質・量的に不十分です。多少他の科目の時間を削ってでも導入するだけの価値が「内省」にはあると思っていますし、その必要性はこの人気企業ランキングが示しています。

といっても公教育の制度はすぐには変わらないので、現実的なのは家庭の中でしっかりとそうした時間を持つことですね。その方が落ち着いてできるかも、ですし。

という訳で、主体性の無い人気企業ランキングにみる「内省」の時間の必要性でした。

日記をつけている生徒とそうでない生徒の自己決定能力の違いに関するデータがあったら見てみたいところ。そんな都合の良いデータは無いか(笑)

では。

 

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教育

発達障害についてちょっとだけ勉強した。

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今日所用で立ち寄った江戸川区役所に発達障害に関する啓蒙活動のブースがあったので、ちょっとのぞいてみました。なかなか勉強になったので、備忘メモと思ったことをまとめておきます。

まず発達障害とはなんぞやですが、具体的な症状として次のようなものがあるそうです。

■モノの左右が混乱する。目と手が適切に連動しない。

実際に体験させてもらったのですが、発達障害の人は以下の写真のような迷路を解く際に、鏡の中の迷路を見ながら解く感覚に近いそうです。当然左右は逆になるし、なかなか思った通りに手が動きません。そのような状態で作業をするっていうのは確かに非常に疲れるし、時に苦痛をも伴うんだろうなと思います。

2013 04 08 19 50 49

■意識が向く位置、色合いが異なる。

モノを識別する際に意識が向く色や位置が一般と異なるケースがあるそうです。つまり、

2013 04 08 13 15 08

これ↑、一見すると何が書いてあるか分からないですよね?実は白字で「UFO」と書いてあります。通常は白地に黒文字で書かれていることが多いのですが、それが逆転しているのでとても読みづらいのです。

発達障害の人は日常的にそれが逆転してしまっていることがあるので、モノを把握しづらくなることがあるそうです。

それを回避するには、以下の写真のように枠線をつけてどこに注目するかを明示するなどが有効とのこと。

2013 04 08 13 15 28

■形の似た文字の混同が発生する。

こちらも体験させてもらったのですが、発達障害の方は文章が下の写真のように見えることがあるそうです。

2013 04 08 13 15 04

正直さっぱり読めませんでした。これはあるひらがなが形の似た別のひらがなと混同されてしまうことを体験するものでした。つまり本来下の写真に書かれている文章なのですが、文字が混同された結果上の写真のようみ見えると。

2013 04 08 13 15 20

他にも縦書だと読めるけど横書きになるとどのように文章をたどれば良いかわからなくなる、っていうのもあるそうです。

 

さて、それらの症状を聞いてまっさきに思ったのがどう考えてもデジタル教科書をどんどん活用して行くべきだよね、ということ。

僕はもともと教育のデジタル化はガンガン推進していくべきだと考えているのですが、今日の話を聞いてより強くそう思いました。

今日聞いた話の中だけでも、教科書がデジタルであれば白黒反転なんてあっと言う間にできるし、文字に枠線つけることも、縦書き横書き変換することも簡単です。

使わない手はないよなーとしみじみ思います。むしろ使わないことが罪。

つーかね、このご時世に子供を「紙で学ぶ」ことに縛り付けてることにもっと問題意識を持った方が良いと思ってます。もちろん今までは紙は情報の伝達手段として利便性、コスト面で非常に優れた存在でしたが、それを上回る伝達手段―デジタル―が登場した今となっては紙であることのデメリットに強く着目して、それを取り除いてもっと子供が自由に学べる環境を整えた方が良いです。もしそれをしないことにより子供の可能性を摘んでしまうことがあったら、それは虐待と言っても過言ではないくらい罪深いことだと思っています。

ちょっと前にデジタル教育反対派への10の質問 — 中村 伊知哉なんてのも話題になってましたが、まったくもってその通り。これに真っ向反対できる人にぜひお目にかかってみたいです。

大阪市やソフトバンクがとても積極的にデジタル教科書の導入を推進しているそうなので、とっても期待しています。

そんな感じで勉強になったひとときでした。

では。

 

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教育 組織論

「褒める」はタイミングが命っ!

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以前のエントリーで褒めることの重要性に触れました。

それを受け今回は褒めるタイミングについて考えてみます。

結論から言えば、褒めるタイミングは対象者が成果を出した直後がベストと思います

以降、褒める側を承認者、褒められる側を行為者と表します。

褒めるというのは、行為者の達成感を承認者が満たしてあげる行動です。ので前提として行為者がそれなりの達成感を持っている必要があります。

その達成感が行為者の中で最大なのが成果を出した直後です。それ以降は時間の経過と共に記憶の減衰に合わせて達成感も小さくなっていきます。

褒めの効果を左右する行為者の達成感は生ものなのです。

なので達成感が最大となっている成果を出した直後に褒めると、それは最大の効果を発揮します。

一方で時間が経過してから、すなわち達成感が減衰してから褒めても、それは減衰後の程度しか効果を生みません。これは行為者、承認者双方にとって非常にもったいない状態です。

ゆえに、褒めるタイミングは行為者が成果を出した直後がベストだと思います。

もちろん諸々の事情から、多少タイミングを見計らうべきケースもあると思います。が、褒めるのは承認者のためではなく、行為者のためという点を踏まえ、行為者にとってベストなタイミングで褒めるのが良いと思います。

では。

 

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教育 組織論

「叱る」という価値観の押し付けの前にやるべきこと。

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今回は叱るについて考えてみます。

まず、叱るとは何か。

一言でいうと叱るとは価値観の押し付けです。

もう少し細かく言うと、
・ある価値観の中において、
・立場が上の者が下の者に対して、
・その価値観の中で良いとされている行為を押し付ける
のが叱るです。

例えば
・とある家庭内で
・親が子に対して
・寝る前に歯磨きをすることを押し付ける

・ある会社内で
・上司が部下に対して
・締め切りを守ることを押し付ける

というのが叱るという行為です。
多くの場合はそこに愛情が伴っていて、良かれと思って叱るという行為に至ります。

しかしながら、この叱るという行為が期待通りの効果を生まないことも往々にしてあります。

なぜか。

それは価値観は押し付けるものではなく見せ付けて共感を呼ぶものだからです。共感を呼ぶ前提無しに価値観を押し付けたところで(=叱ったところで)、効果は望めません。

では、共感を呼ぶ前提とは何か。それは
①叱る側自身が、その価値観に深く共感している。
②普段からその価値観に基づく行動を見せ付けている。
です。こういった前提があって、初めて叱るが効果を発揮する可能性が生まれます。前提がなければ、無視か軽視されるだけです。

もし叱る側が「叱ってもなかなか直らない」と嘆いているのであれば、まずは自分が①②を十分に実践できているかを見直すと良いのではないかと思います。叱る立場(=価値観を掲げる立場)にいるということは、これらを実践する義務を負っているということですから。十分にできていれば、そもそも叱る行為に及ぶケースは少なくなるはずです。

もし、前提十分、愛情たっぷりで叱っても価値観が変わらなければ、両者は共感の生まれる余地のない全く別の価値観の中で生きていることになります。双方が双方の価値観を持っているのですから、価値観の尊重という点では、その状況もやむなしでしょう。

まぁ、やむなしと割り切れないケースも多々あるので、難しいところだとは思いますが。。

最後は掲げている価値観が真に多くの共感を呼ぶものであるかどうかに行き着く気がします。その軸がしっかりしていれば価値観の押し付けが発生するケースも少なくなるのではないでしょうか。

では。

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ソーシャル 教育

自分が歪まない、人を歪めないために必要なコト

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モノを曲げるにはどうしたら良いでしょう?簡単ですね。端を固定するなどして力が逃げないようにした上で、力を加えるとぐにゃりと曲がります。

では、人が曲がるのはどんな時でしょう。 同じです。力が逃がせない環境において力が加え続けられた時です。

つまり、人が曲がる、歪むのは力が逃がせない閉じた場に長く居続け、不当な力を加えられ続けた時です。いじめが顕著な例だと思います。学校という閉じた場の中で逃がせない力が働き続けた結果、いじめる/いじめられるという歪んだ行動が発露するのです。過労死が発生する職場なんかも同じメカニズムでしょう。

では人が歪まない、歪ませないためにはどうしたら良いでしょうか。

①不当な力を発生させない。
②対象の場をオープンに保つ。
③別のオープンな場を持つ。

の三つかな、と思います。

①②は場の主催者・管理者側が留意すべき事です。そもそも人を歪めていく不当な力が発生しなければ歪みも生じないので、しっかりとコミュニケーションを取って場で働く力学を見抜き、人を歪ませるような力が発生しないように務めるべきです。ただ、正直全ての力学を見抜き、管理・配慮するのが厳しいことも多いでしょう。関与する人数が多かったり、状況が複雑だったりすると尚のことです。

となれば次に重要なのは②の場をオープンに保つことだと思います。オープンに保つことで発生した力をある程度逃がせると同時に、外部からの目も入りますので不当な力の発生も防ぐことができます。また外部からフィードバックを受けることで、場の力学に対する理解を深めることもできるでしょう。管理側が極力オープンに保つよう努めると同時に、場に所属する側からもオープンであることを求める、オープン度を把握しておくといったアクションがあると良いと思います。

さて、とは言っても完全にオープンにすることが難しいケースも多々あります。クローズであることがその場の存在意義であったり、他の場と比べての優位性だったりすることがあるからです。(※個人的に世の潮流的にこのような「クローズの優位性」は薄れていくと思っていますが、その点についてはまたの機会で。)

となると歪まない、歪ませないためには③の別の力を逃がす場(オープンな場)を作るというのが有効になります。一般的なのは体を動かす場を設けたり、友達とあけっぴろげに話したりといったところでしょうか。

インターネットを積極的に活用しても良いと思います。インターネットは恐らく現状最もオープンな場です。しかもTwitter、ブログ、Facebook、mixiなどのいわゆるソーシャルメディアによって、インターネット上で活動するハードルは格段に低くなっています。これを上手く使って力を逃がしていくというのも有効だと思います。もちろんソーシャルメディアを使いこなすのに最低限の基礎知識が必要なのも確かですが、基本的には公序良俗に反しなければ大丈夫だと思っています。クルマの運転と一緒で、まずはゆっくり安全運転で始めて、徐々に感覚つかんでいけばいいんじゃないかなと思います。

と、最後はなんかソーシャルメディアのススメみたいになってしまいましたが、まとめると

①不当な力を発生させない。
②対象の場をオープンに保つ。
③別のオープンな場を持つ。

を心がけて、自分を歪めず、人も歪めずにやっていきたいと思います。まだまだ精進の身ですが。

では。

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