Category Archives: 組織論

ライフハック 多様性 組織論

事実はひとつ。解釈はそれぞれ。

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物事をとらえるときに、

事実はひとつ。解釈はそれぞれ。

というのをわりと強く意識しています。こうすることで、状況をシンプルにとらえることができます。

 

事実は「何が起きたか」なので明確に答えがあります。当事者同士で意見が食い違っているときは、どちらかあるいは両方が間違っています。ゆえに、事実に関する食い違いを突き詰めて解消していくことには意味があります。

一方で発生した事実に対する解釈はひとそれぞれです。関与した人の数だけ解釈があります。

他人の解釈に真摯に耳をかたむけて自分の見識を深めることは非常に大切ですが、自分と異なる解釈をしている人を説得して、自分の解釈に合わせようとするのは横暴です。解釈は人によって異なって当然なのです。(社会のルールを犯している解釈は論外です)

複数人の間で何か問題が発生した場合、まず最初にそれが事実の食い違いによるものなのか、解釈の食い違いによるものなのかを見極めると状況がだいぶすっきりして、次に何をすべきかが見えてくることが多いです。

 

情報の受け渡しの際にも、事実と解釈を区別して行うとスムーズです。

自分から情報を与えるときには、それが事実なのか解釈なのかを区別しながら話すようにし、情報を受けるはきにその人が事実について語っているのか、解釈について語っているのかを確認しながら聞くようにすると、土台のしっかりした発展性のある対話を行うことができます。

一方で事実と解釈が混ざってしまうと、話のベースがはっきりしないふわふわした会話になりがちです。

ときおり「解釈を事実のように語る人」もいるので注意が必要です。こういった人はたいてい無自覚のうちにそれをやってしまっているので、聞き手側から事実と解釈を分けて話すように導いてあげるときちんとした情報を受け取ることができます。

 

事実はひとつ。解釈はそれぞれ。

トラブルを未然に防ぎ、状況をシンプルに整理するための方法のひとつとしてどうぞ。

 

では。

 

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組織論

理念の浸透度が高いのが「健全な組織」

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久々の組織論。

健全な組織って何かを考えてみました。

一口に健全といっても、労働環境的に健全とか、財務的に健全とか色々あるけれど、組織にとって一番大切なのは理念の浸透度的に健全かということ。

組織が存在するということはその組織が存在する理由、すなわち組織の理念があるわけで、その理念が組織の隅々まで行き渡っているのが健全な組織だと思うのです。

 

理念の浸透度的に健全な組織の例。例えばおもてなしの心で有名な高級ホテルのリッツカールトン。

リッツカールトンの従業員は、ホテルの理念が書かれたクレドカードというものを持っているそうです。そこには「お客様への心のこもったもてなしと快適さを提供することをもっとも大切な使命とこころえています」という企業としての理念が書いてあるらしい。

そして従業員はそれを忠実に守って行動する。結果として高い従業員満足度と顧客満足度を誇っています。(実際に泊まったことはないですが)

 

逆に理念の浸透度的に不健全だと思った例が、今年のソチオリンピックでの日本選手団。

橋本聖子団長は、結団時に目標として「(1998年の長野五輪を超える)金メダル5個、総メダル数10個」を掲げました。(記事

この目標、実際に戦う選手にとっては全く無意味。

選手達はそもそも自身で設定した目標に対して何年も競技に取り組んできたはずです。そこへオリンピック直前にひょいと選手団から目標が出されたからといって「金メダル5個が目標だから、私も目標は金メダルにしよっと」とか「私は実力的にはメダル圏外だけど、総メダル数10個に貢献できるよう、メダル目指すことにするよ」などと思う選手がいるわけがありません。

組織の理念が全く浸透していないというか、そもそも共通の理念のもとに集まった人達であるのかすら怪しい、極めて不健全な組織に見えました。

 

良い例、悪い例をそれぞれ挙げましたが、周囲を見渡す限りでは理念の浸透度的に不健全な組織の方が多い気がします。

どの組織であってもその組織ができたときには明確な理念があり、その実現のために人が集まっていたはずです。が、いつしか不健全になっていく。

なぜか。

それは組織が活動を進めるにつれて継続することが目的になっていくからです。

従業員の給料を払い続けるために、売りたくもないものも売らざるを得なくなった会社なんかはその典型です。

そこまでいかなくとも、組織の理念ではなく継続性(ひいては継続的にお金をもらえること)に惹かれた人を多く雇っている会社はたくさんあります。もちろんそれらの人達も組織にとって必要な人ではありますが、そういう人が多いほど、理念の浸透度的な組織の健全さは下がります。

継続性を売りにした時点で、組織としては不健全だなと僕は思います。

ただ、企業にとって継続性というのが非常に重視されているのも事実。東証上場審査基準の最初の適格要件も企業の継続性ですし。

この辺に日本のサラリーマンがいまいち元気ない理由があるんじゃないかなー、と思ったりもします。

 

この現状を変えていこうなどとは微塵も思いませんが、個人的にできる対策としては、

・生活を左右するレベルで一つの組織に依存しない。
・自分が属する組織がその理念に悖る行動を取ったら、即抜ける。
・自分が組織を作る際には、絶対に継続を目的としない。

といったところです。

一つの組織に縛られず、自由にひょうひょうといきたいですな。

では。

 

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ひとり旅ができる人とできない人

 

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思い出話 組織論

ささやかだけど、ものすごく嬉しかった一言の話

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ささやかだけれども、もの凄く嬉しかった出来事をひとつ。

さかのぼること9年ほど前、社会人3年目くらいの頃、当時の上司に公私にわたって大変お世話になっていました。

仕事上の相談に乗ってもらうのはもちろんのこと、休みには一緒にキャンプに連れて行ってくれたりもしていました。

その頃、僕の中でクルマ熱が高まっていました。どうせ買うならマニュアル車をと意気込んでいたいのですが、悲しいかな免許はオートマ限定。ということでまずは限定解除の講習に通い始めました。

ほどなく無事に限定解除が完了したことを上司に話すと、「じゃあ一度うちのクルマに乗ってみろ」と声をかけてくれました。

その上司のクルマとはイタリアの高級車。もちろんマニュアルで、かつ左ハンドル。

オートマ限定解除の講習はすべて教習所内で行われます。つまり僕はマニュアルの免許を持ってはいるけど、一度も公道を走ったことはないのです。

その僕が、初めて公道を走るマニュアル車が、イタリアの高級車で、左ハンドル。そして助手席には上司。

 

極限の緊張の中、路上教習初のマニュアル車公道運転が始まります。

まっすぐな道で少し慣らした後、周回コースへと進みます。

そこには当然信号もいくつかある訳で、何度目かの信号で僕はやらかします。

信号を先頭で待っていたところ、青信号での発進時にクラッチ操作をミス、クルマはうんともすんとも動きません。

後ろのクルマは当然クラクションを鳴らしてきます。

その時、隣の上司がボソッとつぶやいたのです。

「うるせーな。今発進すんだろ」

 

この一言がものすごく嬉しくて。

どう見たって悪いのは青信号で発進しない僕です。にもかかわらず、その僕を怒るではなく、僕の側に立った一言を発してくれた。もちろん深い理由はなく、クラクションにイラついて反射的に出た言葉だとは思うのですが、それでも僕は嬉しかったのです。

この日以降、僕はその上司をますます好きになったのですが、結局人の心が動くのって、こういうささやかな何気ないところなんだと思います。

 

 

ちなみにその後、転職でのバタバタもあってクルマ購入にはいたらず、今もなおこの時が僕の唯一のマニュアル車公道運転の経験となっております。

今乗れと言われてもきっと無理。。

 

では。

 

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テレビが面白い!(ただしガラポンTVで観る場合に限る)

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組織論 自然

良いストレスの条件は「向きと大きさ」

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前回のエントリーで、人や組織が抱える問題の原因の多くはストレスであるという話をしました。

こう書くとストレスは完全に悪者であるかのような感じですが、一定の条件がそろえばストレスは成長促進剤として働くこともあります。今回はその条件について考えてみます。

 

まず前提として僕は基本的に人の本質は変わらないと思っています。ある人が持つ特徴が時間とともに際立っていくことはありこそすれ、全く別の特徴を持った人に変わることはないというものです。

抽象的に言えば、☆型の特徴を持つ人が時間を経て◯型になったり△型になったりはしない、ということです。(詳しくはこちらのエントリーにまとめてあります。)

 

さて本題の成長を促進させるストレス(良いストレス)ですが、良いストレスであるためには満たさなければならない条件があります。

向き大きさです。

まずは向き。

良いストレスは、その向きが人の特徴を際立たせる方向に沿っている必要があります。この方向が間違っていると、特徴を歪ませる方向へと力が働き、前回述べたように様々な問題が発生します。

次に大きさ。

人は成長できるとはいえ限界はあります。いくら向きが合っていてもその大きさが限界を超えていては、やはり無理が生じます。

ストレスは、向きと大きさが適切であって初めて良いストレスとなるのです。

 

つまりストレスの向きと大きさをコントロールすることが、悪いストレスに身を蝕まれるのを防ぎ、良いストレスで成長するために重要となります。

大きさは後から調整できる場合も多いと思うので、特に重要なのは向きですね。

自身の特徴を十分に理解し、どの向きのストレスであればプラスに働き、どの向きはマイナスになるのかを把握しておくことが、ストレスと上手におつきあいするに欠かせないことだと思います。

 

逆にいえば、自分自身のことを良く知らなければストレスもコントロールしようがないということ。

彼を知り己を知れば百戦して殆うからず(孫子)ということで、ストレスに悩む方、ストレスを上手く活用したい方は、ぜひ一度本当の自分自身と向き合ってみることがオススメです。

 

では。

 

(次回予告)
今帰仁グスク桜まつりに行ってきた!

 

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健康 組織論

問題の原因は「ストレス」にあり。

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人や組織が正常でなくなるとき、その原因の大半はストレスではないかと思っています。

ストレスとは「生体にひずみの生じた状態」のこと。

ではなぜその「ひずみ」は起こるのか。

それはあるべき姿現実との間にギャップがあるからです。

そのギャップがひずみ(ストレス)となり、人体であれば心身の異常、組織であれば内部抗争や不祥事などを引き起こすのです。

ということは何か問題が起きている時、そもそものギャップをなくせば問題は解消される(少なくともその可能性がある)ことになります。

ではギャップをなくすにはどうしたらよいか。

最も大切なのはあるべき姿を知ることです。

そもそもギャップがあるべき姿と現実との間で発生しているものなのですから、あるべき姿を知らずしてギャップが解消されることはありません。

ただ、そのあるべき姿を知ることが実に難しい。

一番身近な存在であるはずの自分のことですら、そのあるべき姿が分かっていないこともあります。

 

僕自身の例をひとつ。

2009〜2010年頃、心的な不調に陥ったことがあります。会社を休むほどではないけれど、自覚症状はありましたし、日々近くで仕事をしていた人であれば十分に気づく程度の変調です。

その原因がストレスであることは明らかでした。が、その解消法がまったく見えない。

ギャップの一端である自分自身のあるべき姿をまったく分かってなかったからです。

あるべき姿がわかっていれば、それと現実の差を把握して対策もとれようものですが、そもそものあるべき姿を分かっていないのですから、適切な対策のしようがありません。当然、あてずっぽうで打つ対策の数々はすべて失敗に終わります。

そうこうするうちに、自分のあるべき姿を理解することが解決に向けた出発点だと気づき、その点について頻繁に考えるようになりました。

二年くらいの後、ようやく個人としてありたい姿にたどり着きます。その結果、現実とのギャップも分かり、とるべきアクションも見え、果たして心的な不調も自然と解消されていきました。

 

一事が万事、すべてがこのケースに当てはまるとは思いませんが、人や組織が抱えている問題の原因がストレス(ギャップ)にあり、しかも当事者ですらそのギャップの一端(もしくは両端)を理解できていないとうケースは少なからずあると思っています。

逆に言えば、ギャップの両端を探ることが問題解決の糸口になるということ。

問題解決にあたっての一つの視点として持っておいて損はないかな、と思います。

 

では。

 

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