Category Archives: 自由

生活 自由

僕を「モノを持たない生活」に導いた本

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モノを持たない身軽な生活を送っている僕ですが、僕がこのスタイルに行き着いたのは一冊の本がきっかけでした。

様々な企業のブランディングやロゴ製作をてがけるアートディレクター佐藤可士和さんが書いた初の単行本、「佐藤可士和の超整理術」という本です。

最初に読んだのは2008年の春頃。当時会社で隣に座っていた同僚が貸してくれたのがきっかけでした。

借り物として気軽に読み始めた本ですが、その内容にざっくと心をえぐられ、即実践を開始しました。

その結果、モノを持たない今の身軽な生活スタイルに行き着き、そこから時間的、空間的、精神的、経済的など様々な余裕が生まれるようになりました。また、モノを捨てまくる過程で「自分にとって本当に大切なもの(捨てられないもの)は何か」を考えたことは、自分をみつめ直す大きなきっかけになりました。

今の僕の生活スタイルと思考があるのは、この本のおかげといって過言でないほど影響を受けた本です。

 

簡単にその内容とどのように僕が実践したかを紹介します。この本では整理術が

レベル1: 空間の整理術
レベル2: 情報の整理術
レベル3: 思考の整理術

の三段階で説明されています。

僕にとって特にインパクトが大きかったのがレベル1の空間の整理術。これにハマりました。

空間の整理術とはすっきり快適な空間をつくるための術で、要はものを減らすテクニックです。(今でいう断捨離ですが、当時はまだ断捨離はメジャーな言葉ではありませんでした。)

本の中で丁寧にその技術が説明されていますが、僕的に理解したところでは

・本当に必要なモノ以外は全て捨てる。(とりあえずとっておくは厳禁)
・機能をまとめられるモノはまとめる。 

というものです。

それまでどちらかと言えばモノが多い生活をしていた僕が、この法則にのっとりドカドカとモノを減らし始めます。

まずは本でも取り上げられている財布のスリム化。

当時使っていたのはパンツのポケットにすら入らないようなデカイ財布。ここからめったに使わないポイントカード類を抜き、電子マネーなど携帯電話に移せる機能は移し(そのために当時使っていたPHSを解約しDoCoMoへ移行)、クレジットカードも最低限のものだけを入れるようにしました。その結果コンパクトタイプの財布への移行に成功。

次に手をつけたのがカバン。こちらも毎日の通勤に「一泊旅行?」と言わんばかりの大きなカバンを使っていたのですが、その中身を徹底的に減らし始めました。よくよく考えてみれば短い通勤時間中に使うものなんて大してなく、念のために持っていたものがほとんどでした。それらを抜くことでカバンの中身も劇的に減少。最終的には、必要なものは財布と携帯と鍵だけという結論に行き着き、それらをポケットに入れて手ぶら通勤になりました。

同様に自分の部屋、会社の机からもめったに使わないもの、機能が重複しているものなどを片っ端から捨てていきました。

ちょうどその頃流行り始めていた、コンパクトスキャナ(ScanSnapシリーズ)もモノ減らしの流れに拍車をかけます。ScanSnap S1500を購入し、本や書類などの紙類を全て電子化。本体は捨てていきました。

そんなこんなで、どんどんと身の回りのモノは減っていきました。

個々のモノが減ることはもちろん爽快だったのですが、それ以上に爽快だったのが棚や収納ボックスなどの「収納するためのモノ」を捨てることができた時。これを捨てる度に、不可逆的に身軽度がアップした気がしてものすごく嬉しかったです。

 

モノの少なさは移動に対する抵抗力を下げるもので、ここで大幅にモノを減らしたことが、当時住んでいた渋谷から根津へと引っ越すきっかけとなり、その後の東南アジアへの旅行沖縄への引っ越しへとつながっていきます。

また、余計なモノがなくなって生まれた余裕と、捨てる過程でそれなりに自分と向き合ったことから、それまでとは違った角度からの思考ができるようになりました。(それがこのエントリーでいう「思考の2年間」へとつながっていきます。)

 

今手元にあるモノは全部でダンボール3〜4箱程度。半日もあれば十分引っ越し準備ができそうな感じです。これからもこの状態を維持し、(あわよくば更に磨きをかけて)身軽に暮らしていきたいと思います。

 

本に書かれている、情報の整理術(レベル2)、思考の整理術(レベル3)ももちろん役に立っています。が、なんといってもインパクトが大きかったのはレベル1空間の整理術。これが今の僕の源泉です。

 

以上、僕の生活に多大なる影響を与えた本の(極めて偏った)紹介でした。

 

時々思うのが、隣の席の同僚がなぜ僕にこの本を貸したのか、ということ。

・・・やっぱり僕の机が汚かったからだよね。ごめん。

でも、ありがと。

 

では。

 

(次回予告)
問題の原因は「ストレス」にあり。

 

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自由

効率と感動は両立しない

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自分が成したことに対して達成感を感じるとか、感動するってことが多分他の人よりも少ないです。

その理由は自分でもうすうす分かっていたのですが、おもいっきり言語化されていたのが以下の安田佳生さんのツイート。

 

ああ、まさに。

基本的に僕は効率最優先。やることが決まったら、次にいかにそれを最低限の労力で実現させるかを考え始めます。

安田さんの言うとおり非効率だけが感動を生むのであれば、効率再優先の僕に感動が訪れるべくもありません。

 

そんな僕ですが、決して感動を軽視している訳ではなく。むしろ、人がモチベートされる上で感動は最重要の要素だと思っています。

感動できるゴールがあってこそ、人は意欲と情熱を持ってそれに取り組むことができるのです。

 

僕が当面の目標としているのが自由度の最大化。これ自体はしっくりきてて問題ないのだけれど、これに加えてその延長線上に何か感動できるゴールを設定しないといけないなーと思ってます。非効率とも思えるほどに時間をつぎこめるゴールを。そうでないとイマイチ気分が乗り切らないので。

 

じゃあ、感動できるゴールとは何か。

現状未定。

いくつがぼんやりと思うものはあるけれど、自分がそれに感動できるかの確信はまだまだ持てず。

早く設定したい気持ちもあるけれど、慌ててしっくりこないゴールを設定しても意味がないので、数少ない感動経験を思い出しつつ、のんびりと考えていきたいと思います。

 

では。

 

(次回予告)
チェスはスポーツで将棋は伝統文化 〜羽生善治さんのインタビューより

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マレーシア 生活 自由

目指せMM2Hビザ!ゲームのルール説明。

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前回エントリーで今後の方向性について書いたので、今回はその具体的なゴールと制限時間に関して。つまり僕がこれから取り組むゲームのルール説明です。

まず、目指す方向性に沿った直近の具体的なゴールは「MM2Hビザの取得」にします。

MM2Hビザってなに?って人も多いかと思いますが、端的に言うと自由にマレーシアに住むことができるビザです。これを持っていると年間何日でもマレーシアに滞在することができる、というか住むことができます。住む場所の自由度を広げたい僕にとっては垂涎のビザ。

去年の東南アジア放浪の中でもちろんマレーシアも見てきたんですが、もの凄く良かったです。特にコタキナバルがお気に入りですが、他にもマラッカとかペナンとかそれぞれに特色があって、場所によって色んな楽しみ方ができそうです。日本にも住んでみたい街はたくさんありますが、それに加えてマレーシアの各都市からも自由に住むところを選べるなんて、とってもワクワクします。(ああ、旅行記の続き書かないと。。)

もちろん欲しいといってすぐ手に入るビザではなく、当然取得要件が設定されています。MM2Hビザ公式Webサイトによると、

50歳未満の申請者は500,000リンギ以上の流動資産及び一月10,000リンギ以上の国外での収入があることを証明する財務的証拠を示すことが必要です。

とのこと。今日時点の為替レート(1リンギット=31円)で日本円に換算してみると、

50歳未満の申請者は15,500,000円以上の流動資産及び一月310,000円以上の国外での収入があることを証明する財務的証拠を示すことが必要です。

といったとこでしょうか。

うん。目標としてはそこそこ適当なんじゃないでしょうか。月30万の収入も、1500万の資産も男として生きていくにはクリアしておかなければならないラインだと思います。(今は収入ゼロだけどな!)

でもってこれをクリアできれば、マレーシア各地に住めるようになるとなればモチベーション的にもなかなか高まってきます。うん、イイね。

具体的なゴールが定まったところで、あとは制限時間。やっぱり30代のうちには取得しておきたいですね(僕は今月37歳になります)。となると、39歳誕生日の時点で月の収入が50万に到達してれば、なんとか30代での取得が見えてきそうな気がします。

というわけで、39歳の誕生日までに月収50万円というのをMM2Hビザ取得に向けたマイルストーンにします。日本とマレーシアの各地を転々としようと考えているので、当然この収入も住む場所に縛られずに生み出していないといけないというのがこのゲームの面白いところ。

あと、僕は極端にわがままなので好きなこと、やりたいことしか続かないという傾向があります。ので、稼ぐための活動も好きなこと、やりたいことしかしないというのもゲームのルールに追加しておこうと思います。

このゲーム、もちろん不確定要素もあります。

最大の不確定要素はこのビザの発給が停止されてしまうこと。これはマレーシアの国策によるものなので、もはやなんとも言えません。あと3年は終わらないことを祈るのみですが、万一発給が終わってしまったらしょうがないですね。その時点でまた別のゴール設定します。それまでの取り組みは全く無駄にはならないと思いますし。(このビザがなくても年間180日までだったらマレーシアには滞在できますし。)

もう一つは為替変動。円安に触れればそれだけ日本人の僕としてはハードルがあがります。これに関しては、円高を願いつつ多少の円安も吸収できるよう稼いでおくしかないのですが、もうちょっと視野を広げて日本円だけでなくドルとかユーロとかでも稼げる仕組みを作っておくことでリスクヘッジができるかもです。

というわけでゲームのルールをまとめると、

ゴール:40歳の誕生日までにMM2Hビザ取得。
マイルストーン:39歳の誕生日までに月収50万円。
ルール:収入は住む場所に制限されずに生み出すこと。好きなこと、やりたいことしかやらない。

となります。

ああ・・宣言してしまった。負けず嫌いなんで、宣言した以上達成できるよう日々精力的に取り組んでいきます。楽しくね。

では。

 

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自由

「決める」ために必要なこと。

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今回は決めるということについて自分なりに整理してみます。

まず大切なのは決めるのには内と外、両方についての情報が必要ということ。

内というのは自分がどうしたいかという情報。何が欲しいとか、どうしたいとか、いくらまでだったら払えるとか。

外というのは、自分以外の情報。そもそも世の中に何が存在しているかとか、それにどれだけの値がついているかとか。

この両方の情報があれば双方が重なってる部分があるかを見極め、進めるか進めないか(買う/買わない、始める/始めない 等)を決めることができます。

内寄りに決着すれば納得。外寄りに決着すれば妥協ですね。

一方で片方しか情報が無い場合、あるいは他方があっても意図的にそれを考慮しない場合もあります。

内しか考慮しない場合、それは願望・妄想。

外しか考慮しない場合、それは強制、あるいは思考停止です。

まとめると、自分の周りの決定事項(とその予備軍)は

(内)   願望・妄想 ― 納得 ― 妥協 ― 強制・思考停止  (外)

のどれかってことですね。

実際に周りのコトを一つずつ当てはめて確認していっても面白そうですが、強制・思考停止があまりに多く絶望しそうな気もするのでやめておこう(笑)。

大学の授業があまりに退屈なので、暇つぶしに考えたエントリーでした。

では。

 

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多様性 自然 自由

10年の社会人生活を振り返ってみる。

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僕が社会人になったのが2002年の4月。職を離れたのが今年(2012年)の7月なので丸10年社会人生活を送ったことになります。

日本に戻ってからだとゆっくり振り返る時間を持ち損なってしまいそうなので、今のうちにその10年を軽く振り返ってみようと思います。

10年の間に在籍した会社は2社。最初に入った会社には3年ちょっと、次に入った会社には7年在籍しました。

10年を色んな軸で振り返ることができるのですが、自分として最も重要だと思う軸が「自我の有無」という軸です。

ここで言う自我が無い状態というのは自分としてやりたいことが持てておらずそれを会社に委ねていた状態。自我がある状態というのは会社とは関係無しに自分がやりたいことを持てている状態です。

ざっくり分けると最初の7年は自我が無かった状態。2年の思考期間を経て、最後の1年が自我が持てている状態です。

最初の7年は自分としてやりたいことが自分自身で分かっておらず、何をするかを完全に会社に依存させていた時期でした。もちろん何かの機会(採用面接など)に自分がやりたいことを主張する機会はしばしばあり、その時には自分はこれこれがやりたいですと言ってはいたのですが、それは今自分の目の前にある選択肢の中からやりたいと思うことを選んでしゃべっているだけで、自分の中から出てきた本来やりたいことではありませんでした。

じゃあその当時、自分として不幸であったかというとそうではなく逆に充実感を感じていました。自我が無いがために結果として自分の目の前にあるのは会社としてやるべきことのみ。それに取り組みさえすれば良いという状態なのでむしろ迷いなく働いていました。残業もあまり苦にせず積極的にやっていた時期。

会社から見ても扱いやすい存在だったかもしれません。基本的には会社の方向性には逆らわずに従順に行動していたので。もちろん能力面でのできる/できないはあり、迷惑かけたことは多々ありますが。

この状態がずっと続けばそれはそれで幸せだったのかもしれませんが、そうはいかず。

状況が変わリ始めたのが社会人生活7年目を迎えたあたり。この頃から会社としてやるべきことに対し、会社の理屈としては分かるんだけど個人として納得というか共感できないということが多々発生するようになりました。自我の芽生えです。

ただ、違和感は感じるものの自身としての軸というか信念を持てていないので、じゃあどうすればいいのか分からない状態。結果右往左往する時期が続きます。

ホントに迷走という言葉がぴったりで、何かを変えようとおかしなことを試してみたり、色んな人・モノに流されたりという日々。周りに一番迷惑かけた時期だと思います。すいません。。

こりゃあイカンなと思い、この頃から自分としての信念は何かを真剣に思索し始めます。

それが最終的に「自由・自然・多様性」という個人的な信条に結実するのですが、この原型がほぼ固まるまで要した期間がおよそ2年。この期間は正直キツかったです。暗闇の中でどこに足場があるか分からない状態で、それでも色々と踏んづけてみないといけないような感じで。これまで自分と真正面から向きあうことを避けてきたツケですね。

ただ、そうこうするうちに徐々に自分の信念が見えてきてからは気持ちが本当に楽になりました。日々の活動で何か違和感を感じても、それに対して自分なりの答えというか見解を明確に持てるようになったので。

でもって、その信念に基いて今後自分がどうありたいかを考えた結果、会社を離れようと決めたのが社会人生活9年目。その1年後に会社を離れ今に至ります。

この10年を個人的な観点でまとめると個人の信念の重要性・必要性に気づき、それを見出すことに費やした10年ということになります。その中で様々な経験の機会を与えてくれた在籍2社には本当に感謝しています。特に2社目では極めて多くの職種を経験させてもらったので、その中で色んな人の考え方や、組織の中で働く様々な力学を体感することができました。

それらの体験が今後の僕の財産になることは間違いありません。

というのが社会人生活10年の振り返りです。

自我の有無以外の軸で振り返ってみても面白そうだけど、それはまた気が向いた時に。

では。

 

 

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